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『竜の学校は山の上』

先日読んだ『ダンジョン飯』1巻が面白かったので買ってきました
九井諒子の短篇集『竜の学校は山の上』。
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多くの作品が『ダンジョン飯』同様、ファンタジー世界をひとひねり
リアルに突き詰める発想から生まれているのが面白いです。


『帰郷』
魔王を倒して故郷の村に凱旋した勇者。しかしその表情は
憂いに沈んでいます。魔王が死んだ後の世界にはまた
新たな状況が生まれ、平和は訪れず、勇者にも幸福な
運命は待っていませんでした。「めでたしめでたし」のあとの
ほろ苦い終幕を、ひとりの農夫の視点から描きます。

『魔王』
呪いによって魔王になってしまった高慢な王子。暴れ回る
魔王に、美しい姫が自ら生贄となってともに暮らすように
なります。二人の距離は次第に縮んでゆきますが、姫は
決して最後の一線を越えて魔王に心を許すことはありません
でした。やがて魔王は勇者によって倒されたのでした――――
吟遊詩人の語るそんな物語に耳を傾ける老貴婦人の
悲しげな表情の意味するものは。

『魔王城問題』
魔王討伐がなされたあと、残った巨大な魔王城に入植を
始める領主。しかし無数のトラップに兵士の負傷が相次ぎ、
土地は痩せ、そのうえ近くの沼の毒気に姫は体を蝕まれ
始めます。領主は魔王城からの撤退を決意しますが、姫は
「ここから離れない」と言い張ります。いったいなぜ―――?

『支配』
宇宙人が、とある惑星に暮らす原始的な人類に、ちょっとした
環境の変化をプレゼントします。動植物を生み出し、豊かな
生態系を作り出す装置です。長い時間の後、再び宇宙人が
惑星を訪れると、進化した人々は装置に対してとんでもない
ことをしようとしていました。

『代紺山の嫁探し』
日本の山奥の小さな貧しい村で、新たな神様を迎えることに。
「女神の婿」として、若者をひとり、生贄として捧げる段取り
ですが、結局、村外れの身寄りのない若者・権平が選ばれ、
権平も特段異存のない様子。でも村長の娘のおみつだけは、
子供の頃、森で迷っていたところを助けてくれた権平が
犠牲になることに怒りを覚えていました。さて、村長たちは
あちこちをめぐって、さまざまな女神様に嫁入りのお願いを
して回りますが……筋立ても絵柄も「まんが日本昔ばなし」
風の異色作。

『現代神話』
人間とケンタウロスが大昔からふつーに同居している現代日本。
異常に勤勉な馬人が労働市場を寡占して、人間(この世界では
「猿人」と呼ばれています)との間にピリピリした軋轢が生まれて
います。そんな社会を背景に、馬人に囲まれて働く人間のOLの
シリアスなドラマと、人間と馬人の美人妻の生活を描くコミカル
日常4コマが交互に描かれます。作者の守備範囲の広さが
うかがえる佳品。

『進学天使』
生まれつき、背中に大きな翼がある女子高生。空を飛ぶことも
できますが、坂道の助走は要るし体力は要るし電信柱だらけの
日本ではなかなか大変。海外のほうが翼に対して理解があり
留学するかどうかで悩んでいます。翼を持つ少女とクラスメートの
男の子とのふれあいと、悲しいすれ違いを描くリリカルな好編。

『竜の学校は山の上』
大昔から数百種の「竜」という生物が生態系に存在している世界。
しかしいずれも絶滅寸前。政府によって保護はされているものの
可愛くもないし食べてもまずいし役にも立たず。そんな「現代日本」の
ど田舎に、「竜学部」のある大学がありました。新入生の主人公は
奇妙なサークル「竜研究会」に入部し、美人だけど変人の部長の、
なんとか現代社会に竜を活かす途を模索する苦闘を目にします。
なんとなくファンタジー版『銀の匙』という感じの中編です。

『くず』
大学に通うのも働くのも怠けているダメ男が、「一ヶ月ただ集団
生活するだけ」という不思議なバイトに応募します。似たような
ダメ男たちと暮らし始める主人公ですが、日を追うごとに一人、
また一人と男たちが消えていきます。星新一ショートショートを
思わせるビターな掌編。


山田章博を思い出させる華麗な筆致があるかと思えば、民話調
あり、青年誌風のポップな絵柄もあり、アイデアによって自在に
ペンタッチを使い分ける作者の器用さにまず驚かされます。
ファンタジー世界を裏側から見るようなクールな視点がある一方、
少女の心情をべたつかず叙情する手腕もお見事。
全体として暗い作品がほとんどですが、成熟した語り口と独特の
軽みが、雰囲気を陰鬱に陥らせず楽しく読ませてくれます。
いい短篇集でした。




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